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  南の島にて

 

              ながのとしお

 

 

   1

 

 ベッドの右手の方で、何者かがうごめいていた。自分は一人寝ているので、そんなところに誰もいるはずがない。だが、そこに確かに何者かの気配が感じられるのだ。その何者とも知れぬ者は、自分の気配を隠しながら、こっそりと何かを企んでいる。だが、微かな衣ずれの音が、むしろ、その存在を誇示しているかのようであった。そいつが、自分に危害を加えようとしていると思われるわけではない。ただ、その理解不能の存在感が、この身のすみずみの細胞にまで恐怖の感覚を呼び起こしていた。 本当のところ、そこに何者かがいるのかどうか、目を開けて確認してみたい気持ちもあった。だが、誰もいるはずがないという理性的な確信とは裏腹に、その者の発する圧倒的な存在感からくる恐怖に支配されて、とても目を開けることはできなかった。いや、目を開けられないばかりでなく、冷汗がだらだらと流れ出すような恐怖と緊張から、指一本動かすことができないのだった。

 そこまで感じたとき、たぬ兵衛は、そうか、これは夢に違いない、と思った。しかし、夢であると頭で分ったところで、その何者かの発する異様な空気がやわらぐわけではなかった。むしろ、夢から覚めようと、泥の中でもがくような努力を続けるうちに、体は汗でびっしょりになり、恐怖の感覚は募るばかりであった。そして、その何者かが、少しずつ自分に近づいてくることに、たぬ兵衛は気づいた。少しずつ、だが確実に、その者は近づいてきた。たぬ兵衛は、必死で目を覚まそうとあがき続けた。必死であがくのだが、目を覚ますことができない。ついにその者は、たぬ兵衛のベッドのすぐ傍らに立ち、手を伸ばすと、たぬ兵衛の腕をぐいとつかんだ……。

 

   2

 

 目を開けると、大きな波形をしたトタンの屋根裏が目に入った。一瞬自分がどこにいるのか分らなかった。ああ、そうか、しばらく前から、この海辺のバンガローに宿を取っているんだ。たぬ兵衛は頭の中でつぶやいた。まだ、右の二の腕には、夢の中で何者かに握られたときの、その手の冷たさ、爪の鋭い感触までが、ありありと残っている。体は案の定、冷汗でぐっしょりと濡れ、首から右の肩にかけて重く堅い凝りが感じられた。たぬ兵衛は体から力を抜こうと、大の字に手足を伸ばし、屋根裏のトタンをボンヤリと見やりながら、ゆっくりと長い呼吸を繰り返した。屋根と壁との間から日の光が射し込んで垂木を照らしている。どうやらまだ朝早い時間のようだ。夢の緊張がいくぶんほぐれてきて、たぬ兵衛は、しばらくこの静かな時間を味わおうと思った。肩から手の先まで、腰から足の爪先まで、力が抜けて楽になっていくのをイメージしながら、たぬ兵衛は目を閉じ、穏やかな呼吸を続けた。

 頭の中を空っぽにして、ゆっくりと呼吸を続けているうちにたぬ兵衛の頭に、さっき見た夢の、不気味な存在の漠としたイメージが浮かんできた。忍び寄り、おれの腕をつかんだあいつは、結局おれの心の中に潜む何者かなのだ。こうして流れるままに旅を続け、縛られるものなど何もないと強がっていはるが、心の底では、この世の残虐さが怖くてしかたがない。そして何より恐れているのは、おのれの残酷さと愚かさなのだ。そうした想いが、考えるというわけでもなく、心の中に像を結んだ。

 その情けない自覚と、夢の残滓から逃れようと、たぬ兵衛は、枕元のタバコに手を伸ばした。だがタバコの包みは空だった。昨日の夜、寝る前に吸ったときは、確かに二〜三本残っていたのに……。

「ちっ、こびとの野郎、いつも人のタバコ勝手にすいやがって」

 たぬ兵衛は一人毒づくと、立ち上がって便所に行った。気持ちよく放尿して、どっかとベッドに腰を下ろしてはみたが、どうも気持ちが落ち着かない。食堂に行ってビールでも飲もうとたぬ兵衛は決めた。

 小屋を出て空を見ると、雲は多いものの、その合間からは日が照りつけていた。斜面に張り付くようにバンガローが建ち並び、その向こうにはサンゴの砂浜と青い海が広がっている。ここは天国だが、おれの心は地獄だ、たぬ兵衛は思った。舗装のない、でこぼこの坂道をのたのたと歩いて、宿の食堂に着いた。奥のテーブルでは宿の女たちが井戸端会議を開いている。たぬ兵衛が角の席に腰を下ろすと、女の一人がメニューを持ってきて笑顔を浮かべた。たぬ兵衛はメニューは受け取らず、タバコとビールと粥を頼んだ。タバコに火を点け、深くタバコを吸うと、頭の中にキーンという音が響きはじめた。さっきまでの重い感じはまだどこかに残っていたが、それはもう背景に遠のいており、代わりに穏やかな気持ちがゆっくりと広がってきた。ぬるいビールをグラスに注ぎ、ぐいとそれを飲み干した。見るともなしに水平線を眺めていると、心地よく酔いが回ってきて、ウツウツとした気持ちはやがてどこかへと消えていった。運ばれてきた粥をたいらげると、また一本タバコに火を点け、気持ちの良い気怠さに身を任せた。

 

   3

 

 小屋に戻るとたぬ兵衛は、ベッドに寝ころんでまたトタンの屋根をしばらく見つめた。やがてそれに飽きると、枕元の棚に手を伸ばし、何枚かの紙を手に取りそれに目を通しはじめた。そこにはたぬ兵衛が幾日か前に記した文章があった。

 

    綺想としての現代

 

 うんざりするほどに近代化されてしまったこの世に生まれ落ちたおれたちは、否応なく仕組みにからめ取られながら、流れの中、あがき、もがき続けている。その仕組みが間違っているなどとは最早言うまい。間違っていようがいまいが、おれたちはそれとともにあるのだし、おれたちはそれの一部なのだ。いや、もっと澄んだ眼差しで見れば、それこそがおれたちであることをどうして否定することができようか。おれたちは、自分の手足を食いちぎり、荒れ狂いながら世界を飲み込む竜の一族なのだ。すべての仕組みにはおれたち一族の紋章がこんなにはっきりと刻まれているというのに、お前の目にはそれが写らないなどということが、どうして可能なのか? いや、これ以上言うのはよそう、おまえにそれが見えないのも、つまるところ、おまえがおれたち一族の一員であることの証しにすぎないのだから……。

 おれたちは太古の昔からこの神話としての戦いを続けてきたのだ。この宇宙が生まれ、気の狂うほどの時が流れてあの太陽が生まれた。この星が生まれ、数限りない命が生まれ、そして死んでいった。その永遠の時の流れの中、おれたちは死に物狂いで恐怖と戦い続け、そして歓喜に我を忘れ高笑いを続けてきたのだ。

 これは何も秘密の物語というわけではない。だが、弱い心しか持たないお前たちは、この冷厳たる真実の物語を前にして、目を閉じ耳をふさぐ以外なす術がないだろう。そしてその弱さもまたおれたち一族のかけがえのない証しの一つなのだ。

 なにしろ、おれたちはその弱さを真っ向から見ることもできるのだ。そして、目からウロコをとってその弱さを見据えたとき、その弱さが強さに変わることをおまえは知るだろう。

 だが、本当にそんなことが可能なのだろうか。

 テレビからは毒電波があふれ出し、科学という妄想に世界は支配され、おれたちは機械を身にまとい、石油をむさぼり食っているというのに……。

 今おれたちに分るのは、それでも道はある、ということだ。その道をどこまで行けるかはおれたち自身の力にかかっている。その茨の道を行くのも行かぬのもおれたちの勝手だ。おれたちは完全に自由なのだ。この暗い宇宙の中、おれたちはひとりぼっちだが、自由に生き、自由に死んでいくのだ。

 

 そこまで読むと、たぬ兵衛は何か書き足そうと思い、ボールペンを手に取った。しばらく考えあぐねて、続きを書くことをあきらめると、紙の隅に次のように走り書きした。

 

  救いはない。だが救いはある。

 

 そして、紙とボールペンを置くと、また大の字に横になってボンヤリ屋根裏を見つめた。

 

   4

 

 ベッドの上にあぐらをかくと、たぬ兵衛は枕元の袋から乾燥した草を一つかみ取り出し、シェラカップの中に入れて、小さなハサミでそれを刻み始めた。刻み終わると不器用な手つきでそれを紙に巻き、口にくわえて火を点けた。煙を深く吸って肺の中に溜め、しばらく息を止める。それを何度か繰り返すと、頭の中にカーンとあの感覚がやってきた。

 うーーん、今回のやつはなかなか効くぜ。たぬ兵衛は頭の中ひとりごちると、体から、頭から、力が抜けていくのに任せ、ベッドに横になって、考えが漂い始めるのを楽しんだ。

 そう、あれは初めて旅に出たときだった。小さな山のてっぺんに寺があって、長くて急な階段の道を登って行ったんだ。すると、道の脇から薄汚い男がぬっとでてきて、「ちぇんじ・まにぃ? はっしし?」ときたもんだ。あのときは、まだそっちの方は、それほど興味がなかったし、臆病でもあったから、無視してそのまま行っちまったっけな……。

 ああ、そんでその旅のときに会ったやつから初めて、ガンジャをやった体験談を聞いたんだ。そいつは初めてなのに、やりすぎて吐いちまって、夢を見てるような状態で、自分が汚したのを一所懸命片したって行ってたな。吐いちまったのがもし夢なら、別に片す必要はないんだが、どっちか分らんから、必死の思いで片して、翌朝シラフに戻ってから見てみたら、ちゃんと掃除した跡があってホッとしたってんだから、わらえるぜ……。

 もっとも人のことばかり、笑ってもいられない。おれだって、あん時は大変だったんだ。はっぱをオムレツにして食って、だいぶたったってのに、大して効いてる感じじゃなかった。それでウカツにビールを飲んじまったんだ。ビールを小瓶で一本。そしたら一気にドーンときて、頭グルグルになっちまって、あん時は本当にまいったな……。

 昔の自分のバカな姿を思い出して、たぬ兵衛はしばらくクスクスと幸せそうに笑い続けた。そして、そのクスクス笑いがおさまる頃には、心地よい酔いに浸りながら、眠りの世界へと誘われていった。

 

   5

 

 目が覚めて小屋から出ると、もう日はいくらか傾き始めていた。でこぼこの坂道を下って、浜の少し裏手の外人向けの雑貨屋に行く。そこでウィスキーとは名ばかりの、糖きび焼酎にカラメルで色を付けたやつを買うのだが、この店がいつ行っても店の人間がいない。店の前に出てタバコをふかしていると、ようやく店の人間――といっても、まだ小学生ほどの女の子なのだが――がやってくる。ここでは、子どもも仕事を任されて、元気にしっかりと働いている。その姿を見て、たぬ兵衛は何かホッとするものを感じるのだった。

 酒を仕入れ、宿の食堂に行くと、ソーダを頼み、それで割って酒を飲む。つまみは飛び切り辛い春雨のサラダだ。

 たぬ兵衛がトウガラシのハイと、アルコールのリラックスを味わっていると、少し離れたところから声がかかった。

「こんにちわ」

 声の主はまだ若い小綺麗な身なりの男だった。たぬ兵衛は曖昧に頷いた。男はたぬ兵衛のテーブルに近づいてくると、席を指して、

「いいですか?」

と訊いた。

 たぬ兵衛はしばし男を見るともなく見たあと、

「ああ、どうぞ」

と答えた。

 男はビールと焼飯を頼み、ビールをグッと飲むと言った。

「ふーっ、空きっ腹にビールは沁みるなあ……。ぼくはさっき着いたばかりなんですけど、長くいるんですか?」「ああ、しばらくね。」

「ふーん、でも、旅は長そうですね」

「ああ、随分長いことになるね」

 たぬ兵衛は、そう言うと、酒で口を湿らせてから言葉を継いだ。

「けど、長いからどうってこともないからな」

「そうですか? ぼくなんか、ちょっとしか経験がないけど、やっぱり行く度に何かが残るし、慣れてくると落ち着いて楽しめるようになりますよね」

「そういうのは確かにあるだろうが、旅も長くなると、それに慣れすぎちまって、新鮮味がなくなったりもするからな」

「ああ、なるほどね。そういうこともあるんですねえ」 女が焼飯を持ってきて笑みを浮かべた。男も愛想良く笑って受け取り、それをパクパクと食べ始めた。

「いや、朝から何も食ってなかったもんで……」

 男は照れ笑いを浮かべながらそう言うと、一気に飯を腹に入れてしまった。たぬ兵衛はそれを見ながら、チビチビと辛いサラダを食べ、酒を飲んだ。

 男はまたビールを頼み、たぬ兵衛はソーダを頼んだ。

「その酒はどんなですか」

「ああ、これか。こいつは結構口当たりがいいんだが、飲み過ぎると翌日ヒドい目にあうぜ」

「へえー? ちょっと一口、いいですか?」

 男はビールを飲み干すと、本当に少しだけ、グラスに酒を注ぎ、一息に飲んだ。

「ああ、なるほど、悪くない。けどその分、危ないわけだ」

 男はそう言って笑った。

 

   6

 

「あの……」

 男が少し言いづらそうな調子で口を開いた。

「この辺は、きのこは手に入るんですよね?」

 たぬ兵衛は、相手の目を見据えながら、少し、じらすように間を取ってから、

「ああ」

と、そっけなく答えた。

「えーと……。どこで買えるんですか?」

「ここでだって、今頼んどきゃ、明日にはやれるぜ」

「へぇー。そんなもんなんですか」

「ああ、別に何も難しいことはないさ」

 男は、興味津々といった目でたぬ兵衛を見つめていた。たぬ兵衛は、その目を見返しながら、言葉を継いだ。

「まあ、買うのは難しくないんだが、扱いはちょっと難しいとこがあるってとこか」

「ああ、やっぱり?」

「あんた、きのこはやったことは?」

「いや、ないです」

「じゃあ、はっぱは?」

「すこしだけなら……。でも、あんまり効かなかったですね」

「そうか。じゃあ、ほとんど初心者ってわけだな」

「そうですね。いろいろ読んだりはしてるんだけど、実際はほとんど経験ないし、やったことある人から直接聞いたこともあんまりなくて……」

「それだったら、最初は量に気をつけた方がいい。人によって、だいぶ効きが違うし、きのこを食った場合は効き始めるまでに少し時間がかかるしな……」

「三十分とか、それぐらいですか」

「まあ、そんなもんだ」

「どんなふうに効きます?」

「それは、まあ、人それぞれだな」

「うーん、ていっても、そうだな、どんなふうに効きましたか?」

「ああ、おれが何を体験したかってことだな。それも、なかなか説明しづらいんだが……。そうだな、あんたも知ってはいるかもしらんが、きのこをやるにあたっての、心構えみたいなのを聞いてみたいか?」

「ええ、ぜひ」

 そうして、たぬ兵衛は、経験者の優越感を感じながら、そして、そうした優越感を感じることの愚かさも同時に意識しながら、語り始めた。

 

   7

 

 きのこは、そう、遊び半分にやるもんじゃねぇと思うんだ。まあ、軽くやってる分には、おもしろくやれることも多いだろうが、やってるうちに入り方が分ってくると、結構深く入っちまったりもするしな。とにかく、自分の無意識を相手にすることになるから、何が出るかは、やってみなけりゃ分んねぇって感じでな。だから、何が出てもいいっていう気構え、どんなに怖い目にあってもいいってくらいの気持ちでやった方がいいんだ。とんでもねぇ恐ろしい目に遭って、しかも、時間感覚も狂うから、その、地獄のような、永遠の世界に閉じこめられちまったりする。それはホントに恐ろしいんだぜ。そんとき、多少でも理性が残ってりゃ、今、時間が止まってる気がするけど、大丈夫、もうじき元に戻れるって、自分に言い聞かすこともできるが、経験が浅いときに、量を過ごしてぶっ飛んじまってたら、どうにもならねぇからな。

 ああ、おれの知り合いでもきのこで死んだやつはいるぜ。そいつの場合はきのこに期待しすぎて、きのこをやりすぎて、現実の厭な面を見過ぎたようだな。はっきりとは知らねぇんだが、シラフのときに自殺しちまったらしい……。きのこをやってて、空を飛べる気になって、ベランダから飛び降りたなんて、笑える話も聞くし、まあ、ちょっと間違えればいくらでも死ねるだろうな。おれも一回、夜の海に呼ばれて、あん時はちょっと怖かったな……。

 まあ、だから、どういう気構えでやるかってことになるわけだ。あんただって、こんなとこまで来てわざわざきのこをやろうってんだから、どっかはみ出しちまっててるわけだろ? そこでパッと跳んじまう気があるんなら、いくらでもやればいいさ。ようはバランスの問題だからな。恐怖に怖じ気づいてたら、歓喜の瞬間は味わえないし、自分の力を知らずに無謀なことをすれば、痛い目に遭うって言う、まあ、それだけのことさ……。

 

   8

 

 たぬ兵衛の話が終わると、男はまたビールを一本頼み、グラスを見つめながら、しばらく、静かにそれを飲んだ。たぬ兵衛は酒を注いで生のままチビチビと飲んだ。

 男は顔を上げ、右手の海の方を見やって言った。

「あっ、夕焼けがきれいですね」

「ああ、そうだな」

 二人はしばらく酒を飲む手を休めて、茜色に染まる雲がゆっくりと色を変えていくのを見つめた。

「こんなに地球は美しいのに、どうしてぼくらは、こんなに惨めなんでしょうね」

 男がぽつりとつぶやいた。

「ふーん、あんたは惨めかい?」

「うーん、惨めって言うか、なんか、幸せじゃあないってのかなあ……」

「まあ、おれだって、別に幸せなわけじゃないからな」

「ははは。いや、そんな気がしたからこそ、ちょっと訊いてみたんですけど」

「おれは、ただ長く旅をしてるだけの、穀潰しだから、気の効いたことは何も言えねぇが、そうだな、たぶん聞き飽きてるだろうことを言やぁ、惨めとか、幸せとか、そういう手垢のついた言葉にとらわるのはやめにして、ただ、今を淡々と生きていきゃあいいってことだろうな」

「そうですね。そういうのは、頭では分るんだけど、なかなか難しくって……」

「ああ、そりゃあ、誰にだって難しいだろうさ。もっともらしいことを言ったり書いたりしてる連中はいくらでもいるが、実際にやれてるかどうかは別の話だからな」

「ははは、そりゃ、そうですね」

「あんたも、まだ若いが、いろいろ勉強はしてるようだ。おれなんかの下らない話は話半分に聞いといて、とにかく自分で経験してみることさ」

「いやあ、そりゃそうかもしれないけど、いろいろ聞けて助かりますよ。ビールどうですか。奢りますから。今日はもうちょっと飲みたい感じだ」

「ああ、こっちは金はあんまりないんでね、ありがたく戴くよ」

 男は、ビールを二本と、つまみに牛肉のサラダを頼んだ。

「じゃあ、乾杯」

「おお」

 そうして二人は、南の島の黄昏の中に包まれていった。

 

         [○二・二 とうきょう・えどがわ]

    


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