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  そのとき、おれの意識は

 

                ながのとしお

 

 

 そのとき、おれの意識は比較的澄み渡っていた。

 昨日はいささか酒を飲み過ぎて、朝、目がさめた時には頭も体もどんよりしていたのだが、昼まで寝て過ごしたから、宿酔いはすでに姿を消していた。八月半ばだというのに、それほどの暑さでもなく、レースのカーテン越しに見える午後の空は、すがすがしくも青色に輝いている。窓の外、向かいの団地で鳴いているのだろう、アブラゼミの声が響いて、頭の中のキーンという音と溶けあった。俺の心の、どこか奥の方では、人に認められたいとか、人を支配したいとかいう欲望がとぐろを巻いていたが、それと同時に、ことさら何かをやる必要なんてない、この蝉の声や頭の中の音に耳を澄まし、輝く空をボーっと見やっていればいいのだという、確かな理解も存在していた。その澄んだ意識を保ち続けたいような気もしたが、それを「続けたい」と考えるとき、すでに「続かない」という予感にしばられてしまっているのかもしれない。

 そんなことを思っているうちに、煙草が吸いたくなった。煙草を吸うと、体がだるくなり、意識は混濁の方へと向かう。昨日は酒に酔って吸いすぎたし、ここのところ、のどの調子も悪い。煙草の代わりに茶をいれて飲むことにした。

 湯を沸かしながら、また、ぼんやりと考えた。結局、多くの人は、澄んだ意識に耐えられないのだろう。澄んだ意識で見る青空は、天国そのものの美しさだが、その至福の裏側にあるものといえば……。殺人が、戦争が、その他もろもろの地獄の沙汰が、澄んだ意識のうちに鮮やかに映し出されることだろう。だからぼくたちは、酒や煙草、宗教や主義主張などなど、ありとあらゆるものを使って、意識を混濁させ、現実から逃げ続けるのだ。

 茶をいれて飲んでいると、今の自分の気楽な身分のことが頭に浮かんだ。ろくに仕事をしていないから、金はあまりないが、この「豊か」な社会の中、のんきに日々を過ごしている。それを十分楽しんでいれば、それ以上何もいらないはずなのだが、あした自分は何をしているのかなどと、いらぬことを考えては、わざわざ不安を駆り立ててしまう。

 そしてまた、煙草がほしくなった。煙草を吸わないでいることはできる。だが、やせ我慢で吸わないのなら、それがなんになろう。思えば、おれの今までの人生はやせ我慢の歴史だった。そして、おれはおれなりに、それを楽しんできたのだろう。それは、おれが慣れ親しんだ習慣だったのだ。今おれは、自分の習慣をぶち壊すことを楽しんでいた。それで、余計なことは考えるのはやめにして、煙草を吸った。

 ごく最近煙草を吸い始めたおれにとって煙草はそれほどうまいものではない。こんなけむたいものをなぜ吸っているのかと思いながら、それでもおれは煙草を吸う。時間を埋めるために、意識を混濁させるために、自分自身から逃げるために。そして、けだるくも心地よい脱力感に沈んでいくのだ。

 しかし、そのときはそのまま無気力の波に身を任せるのをよしとしない自分がいた。それでまた茶をいれることにした。

 窓から入ってくる光はもう昼の輝きを失って、夕暮れの静けさを帯び始めていた。灯りをつけると、白熱球の柔らかい光と、外の青白い光とが部屋の中を分けあった。 茶を飲むと少し意識は冴えたが、体の脱力感から心細さが沸きあがってきた。その心細さに浸ることはいとも簡単だった。おれはずっとその心細さを道連れに歩いてきたのだから。おれはその心細さをしっかり味わいながらも、そこから少し距離をとった。距離をとって眺めることで、心細さに圧倒されずに意識を澄んだままにしておくことができた。やがて時間が流れるうちに脱力感は弱まっていったが、煙草と茶が合わさったせいか、胃のあたりに軽い不快感を感じた。何か食べよう。冷蔵庫に貰い物のメロンがあるのを思い出してそれを食べることにした。

 メロンを一切れをむさぼり食うと気持ちは落ち着いた。そして虫歯を恐れるわたしはすぐさま歯を磨いた。 その頃わたしは医者に頼ることを観念的に否定していた。自分は近代的な枠組みから自由なのだ、という幻想にしがみつくために、医者になど頼らずに生きていける自分を必要としたのだ。そして概ねそれに成功していたわたしは歯ブラシ一本を武器に近代との孤独な戦いを続けたのだ。

 局地的な戦闘に勝利して、おれの口の中はさっぱりとした。さっぱりとした気分のまま戦いを続けてもよかった。だが、なにごとにも潮時というものがある。窓の外、隣の家の瓦屋根を照らす西日が、わたしの想いを晩酌へと誘った。今晩は冷や奴で一杯やろう。それが、夏の日に澄み渡った意識と別れを告げる、正しい儀式であるとの確信がわたしにはあった。

         [○一・八 とうきょう・えどがわ]

         


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