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  いまの ぼくの ものがたり

 

               ながの としお

 

 

   ――r・d・レインに

 

 

 こないだ文を書いてたら、「なぜ生きなければならか

いか」なんてことばが、いきなり出てきちゃって、ちょ

っと参ったね。この問いかけにたいする答え自体は簡単

で、「べつに生きる必要なんてない」で、すんじゃうん

だけどさ。

 つまりね、ぼくは、「何々しなければならない」なん

て感じ方がいやなんだよ。いや、だから、そういうのは

止そうと思って、ずいぶん止められるようになったとも

思ってたんだけど、やっぱり出てきちゃうんだよね。ま

あ、それは仕方ない、人間って、習慣の生き物だから。ああ、でも、人間がほとんど習慣だけから出来てることに気づいたときはね、まさに目からウロコが落ちるって感じだったよ。気づいたからって簡単に習慣が変えられるわけじゃないし、それに、どれが習慣でどれが習慣でないのかの見極めだってむずかしいけどさ。ま、ぼくは基本的に適当な人間だから、「自分はこうだ」って今思ってることのうち、ほとんどが変えられるって、思っただけで、大きかったってことかな。

 ぼくはどういうわけだか――というか、まあ多分、親

との、それも大きくは母親との関係性の問題からだと思

うけど――こどもの頃からこの世界のどこかに違和感を

感じてきて、それが、二十代も後半になってからかなあ、

自分を変えたいっていうふうな形で出るようになってき

たんだよね。で、ぼくは、いまは、こんなだけど、一応

学校もちゃんと出て、そのあとは、ふつうに会社勤めも

してさ、それがやっぱり、そういう暮らしはむいてないって思ったから、そんでいまは、こういう、いい加減な暮らしに落ちついててね。そいでぼくは、そういういい加減な暮らしにたどりつく道行きでもそうだったし、いい加減な暮らしをしてる今でもそうなんだけど、いかに自分は変わるのかってとこでやってる感じが強いんだよね。「生きる必要なんてない」って中で生きてるぼくは、生きる理由もはっきりしてなくて、そんなの言葉の上ではどうでもいいんだけど、いや、その、言葉にこだわっちゃってる以上、たとえば、どれだけ言葉を捨て去れるかって意味で、どれだけ自分は変われるのかってのが、ぼくとしては一つの目安としてある感じかな。ああ、なんか、自分で言っててもややこしいな。でも、その、言葉で表すにはややこしすぎる現実を生きてるのが人間だしな。て、いうか、まず、この世界自体が、そもそも、言葉なんかで表しきれない複雑さをもってるわけだけど。

 あっ、まったく関係ないんだけど、去年、中国の上海

行ったときの、陸橋の下で雨宿りして、テレビ屋ってい

うのかな、白黒のテレビなんかがいっぱい並んでる店の

前で、ほかの雨宿りしてる中国の人たちと一緒に立って

るイメージが、今、ふと、浮かんだ。こういうのって昔

はなかったんだけど、最近時々あるんだよね。そのとき

の文脈に関係なく、ふっと、しばらく前の情景を思いだ

すっていうの。それとか、夢で見る内容が変わってきて

るとか。昔は、現実の知り合いが出てくる夢なんてほと

んど見なかったのが、最近はけっこう見たりとかね。あ

と、そういう変化っていうことでは、自分の体の緊張に

随分気づけるようになったのが大きいかな。そういうの

は、ヨガとか呼吸法とか、そんなのをいい加減にやって

るうちにだんだん変わってきたんだけど、緊張してる瞬

間に、ふとそれに気づいて、そこでいくらかでも力を抜

けるってのは、なかなかいいんだよね。

 ああ、それでぼくが言いたいのはさあ、人間って変わ

れるってことなんだよ。それは、さっき言った習慣云々

ってことにもつながるけど、いわゆる「生まれつき」の

性格とか体質なんてのも、けっこう習慣にすぎなかった

りするからね。たとえばぼくはこどもの頃から口内炎が

できやすい「体質」だったんだけど、今はほとんど口内

炎で苦しむことはない。もちろん体質の部分もあるだろ

うけど、少なくともぼくの場合は、口内炎はもっぱら習

慣から起きていたから、その習慣が変わることで、今は

ほとんど大丈夫になったっていうこと。ていっても、ど

んな習慣がどう変わったのかって言われても説明に困る

んだけど。いろんな習慣が集まってできてる習慣のパタ

ーンが変わったという気もするし、ものごとの捉え方と

いう意味で、意識の面での習慣が変わったというのもあ

ると思うし。うん、そんで、「体質」も習慣にすぎないっていうことに気づいたのが、おっきいと思うんだ。

 そういえばしばらく前に「虚存」なんてことを考えて

たときがあってね。実存に対して虚存。虚ろな存在。虚

ろって言っても別に悪い意味じゃなくて、すべてが虚ろ

で空っぽで、所詮たよりにならないのをわかったうえで、

適当に楽しくやっていきたいって感じでさ。いわゆる実

存ってのがなんのことなのか、ぼくは知らないけど、ぼ

くが考えてるのは、この現実の世界自体、いろんな物や

エネルギーやその関わりとして、実際に存在してるもの

が実存。人間がその実存を見て、いろいろ名前をつけた

り、物語をこしらえたりして、その中で生きてるところ

が虚存、つまり、実存の上に、人間が生きていく必要か

ら、虚構として作り上げた舞台が虚存ってことでね。

 ああ、でも、ほんとはこんな、虚存なんてややこしい

言葉はどうでもよくってさ、そのどうでもいいとこにこ

だわっちゃってるのが今のぼくだから、もうしわけない

けど、ちょっとそれにつきあってもらうとして。

 えーと、それで、言葉を変えて説明すると、この世界

というものがあって、その上で人間は生きてるわけだけ

ど、人間て、この妙に大きな頭を持って、言葉なんてヘ

ンテコなものを使うから、たいていの場合、世界とじか

に向き合うってことがなくて、物語を通して間接的に世

界と接してるんだよね。その物語ってのは、いわゆる常

識として、その時代、その社会で共有されてる部分も多

いけど、細かいところまでよく見ていけば、最終的には、

ひとりひとりが、自分だけの特別な物語を持ってるわけ

でさ。で、自分は、こういう性格で、こんな体質で、こ

れこれの考えを持っていて、なんてのも、ほとんどすべ

てが物語にすぎないんだから、結局、その物語は変える

こともできるってことになるわけ。さっき習慣って言っ

たところを物語に置き換えたようなもんだけど、物語を

通した認識があって、それが、この世界の一部である、

体という現実のものに現れたのが習慣ってことになるか

な。

 ふー、こういう、ごちゃごちゃした話は疲れるな。

 うん、それで、人間は変われるって話だけどね。ぼく

なりの変わるためのコツがあって、それは無理に変えな

いってことなんだ。たとえば、ぼくは昔はずいぶん自分

のことが嫌いで、そういうのはあんまり良くないから、

変えたいって思ってね。そんときぼくがやったのは、い

ろんな場面で、ああ、ぼくはこんな自分が嫌いなんだな

あって、それを見つめることだったんだよね。何か人を

傷つけることをしちゃったりして、そういうばかな自分

が嫌んなったときに、そういう自分を無理に好きになろ

うってんじゃなくて、ああ、ぼくはこういう自分を嫌っ

てんだなあって、それをまずは見て、自分を嫌ってる自

分をまず認めてやるわけ。そんなふうにしてると、自分

の嫌な面から目をそむけることも段々へってくるし、そ

うするといくらかなりと自分が変わってきて、失敗する

ことから学べるようになってくるし、失敗してもそんな自分を許せるようになってくるんだよね。だから、もし何かを変えたいと思ったら、それを無理に変えようとするんじゃなくて、そのことに注意を向ければいいんだな。そうは言っても注意を向け続けるのも大変なことだけど。

 それと、もう一つ最近気づいたことは人間は変われる

けど、変わる必要はないってこと。当たり前のことだけ

どさ。でも、この当たり前のことに気づくと、多分また、

楽に変われるようになると思うんだ。ていうのはね、ぼ

くは前よりは自分のことが好きになったとは思うけど、

やっぱり嫌いなところも強くある。で、それをぼくは、

変えたい、変えようって、やっぱり思ってる。たしかに

自分が好きになれれば、それは結構なことだけど、別に

嫌いなままでもいいよね。ていうかね完全に好きになる

なんてまずできないことだろうから、嫌いなままでいい

って思うことこそが好きになるってことかもしれない。

で、嫌いなままでいい、無理に変わる必要はないって思

ったとき、変わる時期にきてるところは、ひとりでに変

わってくんだろうなって。

 まあ、そもそも、この世のすべてが移り変わっていく

んであって、変えようとしようがしまいが、人間も変わ

っていくよね。日々歳をとっていくし、考え方だって段

々変わってく。そういう中で、ぼくの物語は、ぼくはい

かにして変わるかってことなんだな。そして、ぼくの物

語は、ぼくが変われば世界が変わるってことでもあるし、

まずは自分を許すことからはじめて、いずれはこの世界

を許すっていう、そういう道を歩くってことでもあるし、

うん、そう、この残酷な世界、残酷なんだけど美しい、

この世界をいかに深く愛せるかってことだったりもする。

 こんなことを言ってると、ずいぶん真面目な感じもす

るけど、ご承知の通り、ぼくは、いい加減で、適当で、

中途半端な人間だからね。こういうことを色々考えたり、

感じたりしながら、それを中途半端に実行しながら生き

てるのが、ぼくってわけ。

 うん、それが今のぼくの物語なんだ。

      [○○・一〜三、とうきょう・えどがわ]


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